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日本語ネイティブの役者に英語しゃべらせるのはやめた方が良いと思う

その英語台詞は本当に必要なのだろうか?


シン・ゴジラ」という映画が昨年ヒットした。僕も仕事で外出した帰りに遅い時間の上映で観てきた。ゴジラ現代社会に突然現れる衝撃や、異様な生物としてのゴジラ表現、それに対処する対策本部の人々のドラマなど、これまでにない映画で最高に楽しかった。


ところで1点不満があった。それは英語だ。

最近なんだか日本人の役者に英語の台詞を言わせる映像作品が増えた。恐らくリアリティを出そうとしているのだろう。「この台詞は米国人が話しているシーンだから英語を話しているはずだ、であれば会話してる日本人も英語だ」というわけだ。

それがちょっとマズイ事になっている。大抵の日本人は英語での会話に慣れてないので、英語が堪能な役者もすごく少ないようだ。「英語が堪能な日本人」役なのに発音が超カタコト英語、というシーンが頻繁に出て来てしまう。しかも下手なのに早口で話すので、台詞に聞こえない。そういう呪文を唱えてるように聞こえてしまう。明らかに演技ではない。


昔は英語で話しているだろうシーンも日本語で話すことが多かった。アニメなんかは特にそうで、相手がどこの国の人でも台詞は日本語で話してしまったんだけど、それで良かったんだと思う。だって日本人の役者は日本語での演技が上手いんだから。

これは役者が悪いわけではない。監督や演出が悪いのだ。台詞の95%を日本で話すので「日本語の演技が巧みである」部分は外せない。そこに「英語まで堪能」というのを足すのが良いのか、演技の巧みさを優先して英語の台詞を外すのが良いのか考えれば分かりそうなものだ。なのに「英語がろくに話せない役者に英語を話させる」という選択をしている。


ほんとやめた方が良い